山岳遭難の行方不明者の捜索では、沢登りの技術が不可欠です。
なぜなら遭難はほとんど下山中に起こり、遭難者は下山路を求めて沢の中へ入り込んでしまうことが多いからです。日本の登山道は多くの場合、尾根につけられており、この尾根を一つ踏み間違えることで、全く違う反対側の谷へ降りてしまう可能性をはらんでいます。
登山者が下山中に尾根を間違ってしまうときには多くの要素が絡んでいます。
「時間的に日没が迫ってきた」、「バス・電車の時間に間に合わない」、「天候が崩れてきた」などなど。登山者は登山中よりも下山中にはるかに「せっかち」になりやすいと言えます。
私たち捜索する側の手法としては、この登山者の下山中の心理的なプレッシャーにどこまで迫れるかが鍵になります。行方不明者の登山経験、所持装備、登山用品店での買い物履歴、本人の性格、家族構成、社会的地位など、多面的な要素からアプローチをしていきます。
実際の捜索は、現場で遭難者が登山道を外れたポイントを探しながら、常になにかの仮説を立てながら行われます。もちろん仮説には幾通りもの考え方があり、答えにたどり着けない場合も多いのが事実です。私たちは広い山の中で針の穴のような一点を探すことに注力しています。それは砂漠の中で特定の砂粒を探す作業にも似ています。
しかし実際の山は砂漠よりも地形的な要素を多く含んでおり、「ここで迷えばこうなる可能性が高い」という必然性を持っています。その必然性を見つけるために、ヒントは多いほど良いのです。必然性が高いと思われた仮説がすべて外れ、全く違った答えが思わぬところから出てきたことも過去にはありました。
様々な経験を糧に、私たちは遭難者の視点に立ち続ける努力を続けています。
写真は沢登りでの研修中の風景です。実際の捜索は沢登りを中心に行われます。「行方不明者は水際にいる」というのは一つの鉄則であるからです。滝やゴルジュの通過、雪渓の処理など沢登りには独特の技術があります。私たちは常日頃から沢登りでの研修を欠かしません。捜索者は同時に登山者でもあらねばならないというのは、私たちの信念でもあります。
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